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かけそばの思い出!!!

5-6歳の頃の思い出

私は、男ばかりの3人兄弟の末っ子です。
幼稚園の年長か小学校1年の頃のことです。

私は子供の頃から背が低く、クラスで背の順で並ぶと1番前か2番めくらいでした。
兄二人は背が高く、クラスでは背の順で並ぶと限りなく後ろの方でした。
そんなこともあり兄二人は私にとって憧れの存在でした。

長兄と長兄の友人と次兄と私の4人で静岡県の富士駅まで冒険旅に行きました。
私は憧れの兄たちの仲間になれた感じでとても嬉しかったのを今でも覚えています。
甲府駅から鈍行列車で富士駅まで片道3時間以上の長旅でした。
午前中に甲府を出発して、富士駅についた時は2時ころだったのかもしれません。
朝ごはんを食べたきりだったのでお腹がペコペコでした。
長兄と長兄の友人のわずかなお小遣いで富士駅の構内にある立ち食いのかけそばを4人で食べました。
蕎麦4人分のお金がなかったので蕎麦屋のおばちゃんが気を利かせて、あるお金の分のそばを4つの丼に分けてくれました。
当時の身長が長兄は160cmくらい、次兄は130cmくらい、私は100cmくらいなので体格によって蕎麦の量が変わっていました。
お腹がペコペコだったので、あの時の蕎麦がとても美味しく感じたのを今でも覚えています。
蕎麦を食べたら、今度は甲府行きの鈍行列車に飛び乗り3時間以上かかり、家に戻りました。
親がいなくてこんな時間(6時位だと思います)まで出かけていたことがなかったので駅から家までの僅かな距離が暗くて怖くてとても長い距離のように感じました。
家に帰ると、母が作ってくれた料理がテーブルに並んでいて、家族揃っての食事をいただきました。
冒険から戻った次兄はとても饒舌で、富士駅で食べた蕎麦の味を母にかなりオーバーに伝えていました。
次兄の話を聞いた人なら、自分も一度は富士駅のかけそばを食べてみたいと感じるようなとても上手な伝え方でした。
次の週、母と次兄は鈍行で富士駅に行きました。母に誘われましたが、片道3時間の長旅なので、私は行きませんでした。
母と次兄は、長旅なので甲府駅でジュースやお菓子、凍ったみかんなどを買い込み富士駅に向かいました。
富士駅に着き、次兄は母を最高に美味しい立ち食い蕎麦屋に案内をして、かけそばを注文しました。
母と次兄は一口食べて、世界一美味しい蕎麦のはずが・・・・・
家に帰ってきて、次兄が、あそこの蕎麦はお腹がペコペコだったから美味しく感じたんだということを恥ずかしそうに話したのを聞いて、私は次兄が憧れの絶対的な存在から身近な存在にから変わりました。

あれから40年以上経ちます。
長兄、次兄の背中を見て私は育ちました。
長兄は絶対的な憧れの存在。
次兄は頼れる存在。
そのポジションは変わりません。
3兄弟、同じ業界で働いています。
会社は皆、違うけど、いいものを作ってお客様に喜んでもらいたいと願う気持ちは一緒です。
今は3兄弟が揃ってお酒を飲んだり、食事をするのは数年に一度くらいです。
末っ子の私も11月で50歳になります。3人が揃うことは、この先あと何回あるんだろう。3兄弟がいつまでも元気でいられますように。

テレビで見たかけそばの画像で昔のことを思い出しました。

サンワカツキ 代表 若月兵衛